奈良地方裁判所 昭和58年(ワ)121号 判決 1983年12月27日
原告
野村光隆
被告
中島稔
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金三〇三万四、八一〇円及びこれに対する昭和五八年四月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和五七年六月三〇日午前四時三〇分頃
(二) 場所 奈良市柳茶屋町三八四番地
(三) 加害車両 被告運転の普通貨物自動車(奈四四な三五三二号)
(四) 被害車両 原告運転の乗用自動車
(五) 態様 信号のない三叉路において南から進入してきた原告車と西から進入してきた被告車とが衝突した。
(六) 結果 原告は、胸部、頭部、腰部打撲症、頸椎捻挫の傷害を受けた。
2 被告は、加害車両の所有者で、自己のためにこれを運行の用に供していたので、自賠法第三条による運行供用者責任がある。
3 損害
(一) 原告は、本件事故による受傷の治療のため昭和五七年六月三〇日から同年七月一六日までの一七日間入院し、同年七月一七日から昭和五八年一月二〇日まで(実治療日数八三日)通院した。
(1) 治療費 金六六万八、八二八円
(2) 入通院による慰藉料 金七〇万円
(3) 休業損害 金六一〇万九、三〇〇円
原告は、新聞販売店を家業とするものであるが、本件事故のため新聞配達等が困難となり、代配の人を雇わざるを得なくなつた。代配者への支払額の内訳は次のとおりである。
(イ) 昭和五七年七月一日から七月一〇日まで
代配者三名分 金四六万五〇〇円
(ロ) 同年七月一一日から同年一二月三一日まで
代配者二名分 金五三四万一、八〇〇円
(ハ) 昭和五八年一月一日から同月二〇日まで
代配者一名分 金三〇万七、〇〇〇円
(二) 本件事故による原告の後遺障害として頸部痛が残つており、これは、後遺障害別等級表の第一四級10「局部に神経症状を残すもの」に該当する。
(1) 後遺障害による慰藉料 金六〇万円
(2) 後遺障害による逸失利益 金二八万八、二一〇円
労働能力喪失率五パーセント、後遺障害の継続期間二年とし、また、昭和五六年賃金センサスの第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計における二五歳ないし二九歳のきまつて支給する現金給与額は金一九万円、年間賞与等給与額は金六〇万二一〇〇円であるから、これによつて逸失利益を計算すると金二八万八、二一〇円となる。
190,000円×12+602,100円=2,882,100円
2,882,100円×0.05×2=288,210円
(三) 填補 金五六一万一、五二八円(休業損害分として金四九四万二、七〇〇円、治療費として金六六万八、八二八円)
(四) 弁護士費用 金二八万円
4 よつて、原告は被告に対し、損害金の残金として、金三〇三万四、八一〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五八年四月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否等
(認否)
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3の事実のうち、原告が治療費として金六六万八、八二八円を要したことは認めるが、その余の事実(損害額)については争う。
とくに、新聞配達の代配者関係の損害は、期間、金額の点において社会的相当性を欠いているほか、原告の後遺症は自賠責保険の手続上、一四級に該らない程軽微なものであるとされていることから、後遺症による原告主張の慰藉料、逸失利益の額は過大である。
(主張)
1 被告は、原告の本件事故による損害の賠償として、金五八二万一、二三八円を既に支払つている。
2 本件事故については、被告に左側通行違反があつたことは事実であるが、原告も本件道路の制限速度時速三〇キロを一〇キロ超える約時速四〇キロで走行し、見とおしの悪いカーブ道路に進入するのであれば、速度を下げいつでも停車しうるよう徐行しなければならないのに、そのまま進行したため被告車の発見が遅れ、停止の措置が十分にとれず正面衝突したもので、原告の過失も軽からざるものがある。
過失割合も、衝突状況、道路状況より判断して原・被告折半が妥当である。
三 被告の主張に対する認否と反論
1 原告が、本件事故による損害の賠償として、金五八二万一、二三八円の支払を受けたことは認める。
2 被告の過失相殺の主張は、争う。
(一) 被告は、本件事故後警察で、事故当時居眠り運転していた旨述べており、被告の過失は重大である。
(二) 原告は時速四〇キロで本件現場のカーブをまわつたのではない。カーブの手前でブレーキを踏み、速度を落した上でカーブに入つたのである。原告は、本件道路を通過するときは習慣としてそのようにしており、また常識で考えても時速四〇キロのスピードで本件のようなカーブをまわることはありえない。
(三) 現場の状況からみて、原告が本件カーブをまわる際、徐行していたとしても、本件事故は防げなかつた。被告が右側通行していた以上、原告が被告を発見すると同時にブレーキを踏み直ちに停止したとしても衝突は不可避であつた。
(四) このように本件事故は、被告の右側通行という常識では考えられない無謀な運転によつて生じたのであり、その責任は全て被告が負担すべきものである。
3 なお、被告が争う代配人関係の損害については、新聞販売店における雇用関係、業務等の実態及びその特殊性からして、この点に関する原告主張の損害額が相当の範囲内のものであることは明らかである。また、被告は、自賠責保険の手続上、一四級に該らないというが、そのような判断をしたのは保険金の支払者自身であるから、支払者とは別個の第三者的機関である調査事務所が判断した場合のような客観性はない。
第三証拠関係
本件記録中の証拠目録に記載のとおりであるから、ここに引用する。
理由
一 請求原因1、2の各事実については、本件当事者間に争いがない。
してみれば、被告が本件事故による原告の損害について自賠法第三条による賠償義務を負うことは明らかである。
二 そこで、本件事故によつて原告が被つた損害について順次判断することとする。
1 治療費 金六六万八、八二八円
原告が本件事故による受傷の治療費として金六六万八、八二八円を要したことについては、本件当事者間に争いがない。
2 休業損害 金五一七万二、九五〇円
証人野村一幸の証言及び弁論の全趣旨によつて成立が認められる甲第五号証の一ないし五、第六号証の一、二、第七号証の一ないし四、第八号証の一、二、第一一号証の一ないし三、第一二号証、第一六、第一七号証の各一ないし三並びに同証言に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、新聞販売店を家業とするものであるが、本件事故のため新聞配達等が困難となり代配の人を雇わざるを得なくなつたこと、そのため、昭和五七年七月一日から同月一〇日までは代配者三名を、同年七月一一日から同年一二月三一日までは代配者二名を、昭和五八年一月一日から同月二〇日までは代配者一名を日当一万五、三五〇円の割合で雇い、右期間内における代配者への支払額の合計が金六一〇万九、三〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はない(もつとも、前掲証拠中の領収証からすれば、原告は代配者に対し、日曜の夕刊などの新聞の休刊日においても、日当として金一万五、三五〇円を支払つている計算となるなど、疑問な点もなくはないが、他に反証のない本件においては、右のように認定せざるをえない。)。
しかし、前掲各証拠及び成立に争いがない甲第一八号証によれば、原告は、半年余りもの長期間、高賃金(日当一万五、三五〇円)の代配者を雇い続け、そのうち、代配者二名の雇用期間はその大部分に相当する半年間近くにも及んでいること、仮にその期間、普通のパートあるいはアルバイトの従業員を雇用していたとすれば、その賃金は、成人の場合で月五、六万円、少年の場合で月二万ないし四万円程度の低額にすぎず、またこのようなアルバイト等の従業員でも、一週間から一〇日もあれば、一人前の新聞配達ができるようになるのが普通であること、原告がその休業中に雇用した代配者は、柳岡貞二、高橋定二、谷口義夫、三嶋泰英、斎藤進の五名であり、いずれもその高賃金等からして新聞配達の熟練者と目されるべき者であるところ、右五名の代配者は、既に昭和五七年九月三〇日までの時点で、いずれも一月以上の期間、原告方販売店で新聞配達に従事したことになるので、遅くともその頃までには、そのうちの代配者一人で原告と同等の働きはできるようになつていたと考えられること、ちなみに、昭和五七年九月二〇日過ぎには、被告は、原告代理人から、同年一〇月以降代配者一名分しか休業損害として認めない旨の連絡も受けていたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
叙上認定の事実によれば、原告主張の新聞販売店における雇用関係、業務等の実態及びその特殊性を最大限に考慮したとしても、原告代理人から右連絡を受けた約一月後である昭和五七年一一月以降は代配者一人分で足りたものというべく、したがつて同年一一月、一二月の代配者二名に要した費用のうち一名分の費用(金九三万六、三五〇円)は本件事故による原告の休業損害とは認め難い。
結局、原告の休業損害は、前記支出額(金六一〇万九、三〇〇円)から金九三万六、三五〇円を差し引いた金五一七万二、九五〇円と認めるのが相当である。
3 後遺障害による逸失利益 金一四万四、一〇五円
成立に争いがない甲第三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の主訴又は自覚症状として頸部痛が残つており、特に冷えたときなどはその痛みがひどくなること、しかし、レントゲン検査においては特段の異常は認められず、担当医師の診断でも、原告の右後遺症は本件事故との因果関係が認められるものの軽症で機能回復見込もあるとされていることの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定の原告の後遺症の内容程度に鑑みれば、原告の労働能力喪失率は五パーセント、後遺障害の継続期間は一年とみるのが相当であり、また、昭和五六年賃金センサス(第一巻第一表産業計、企業規模計、男子学歴計)によれば、二五歳ないし二九歳(事故当時原告満二六歳)のきまつて支給する現金給与額は月金一九万円、年間賞与等給与額は金六〇万二、一〇〇円であること公知の事実であるから、これによつて後遺障害による逸失利益を算出すると金一四万四、一〇五円((19万円×12+60万2,100円)×0.05=14万4,105円)となる。
4 慰藉料 金一二〇万
本件事故の態様、原告の傷害の部位程度、入通院の期間、後遺障害の内容程度等の諸般の事情を考慮すると、慰藉料としては金一二〇万円が相当と認める。
5 以上により、原告の弁護士費用を除く損害額は、合計金七一八万五、八八三円となる。
三 次に、被告の過失相殺の主張について判断することとする。
前記争いのない事実(事故の態様)に成立に争いがない乙第一号証の一、同号証の三ないし八、同号証の一八及び弁論の全趣旨によれば、本件事故は、早朝の交通閑散な頃、信号もなく見通しもよくない三叉路において、南から進入してきた原告者と西から進入してきた被告車が衝突して生じたものであるが、被告には、幅員四・六メートルの道路(衝突時点における幅員六・一メートル)を時速三〇キロで右側通行し、そのまま右折しようとした過失があり、これが右事故の主要原因となつたこと、しかし原告においても制限速度時速三〇キロのところを時速四〇キロ(あるいはそれに近い速度)のまま見通しのよくない交差点を徐行もせずに左折しようとした事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は、前記乙第一号証の五、八と対比して直ちに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない(なお、原告は被告が警察で、事故当時居眠り運転していた旨述べていた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。)。
右認定の事実によれば、本件事故については、原告にも過失が認められるから、原・被告双方の過失の内容、程度等を考慮した上での過失相殺として、原告の前記損害(金七一八万五、八八三円)の二割を減ずるのが相当であり、したがつて、これによつて過失相殺した上での原告の損害額を算出すると、金五七四万八、七〇六円となる。
四 ところで、原告が本件事故による損害の賠償として、金五八二万一、二三八円の支払を受けていることは、本件当事者間に争いがないから、これによれば、原告は前記損害の賠償として、既に過分の支払を受けているといわざるを得ない。
なお、原告請求の弁護士費用についても、被告に損害賠償債務が残存していない以上、これを認めることができないことは多言を要しない。
五 以上判示したところによれば、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 北秀昭)